ブルーアーカイブについて
ブルーアーカイブを始める。思い立ったのは奇しくも5周年の日であった。ゲームの内容についての事前知識はほとんど無く、ある時点までブルーロックとブルーピリオドとブルーアーカイブが、同一の世界観を共有するメディアミックス作品だと思っていた。銃で戦うゲームであることも起動後に知る。
このくらい知識のない状態だと遊び始めが格別に面白い。今後ルーティン化するであろう作業を推測するのも楽しいし、最初は何のためにあるのか分からない要素に意味を見出す瞬間は、本からこれまでにない知識を身につける時に似た感覚を得る。
ストーリーも面白い。よくできている。テクノロジーやサブカルチャーに広く関心があり、やりきる信念を持った人がシナリオを書いているように感じる。世界観についてのメタ的な説明はほとんど無いのが心地よい。物語の展開がキャラクターの行動に依存し、プレイヤーには展開への動揺やキャラクターへの共感を与える構造になっているため、世界観に関してはプレイヤーの想像に任せても支障がない。少女達が銃弾に当たっても大丈夫な描写が最序盤で1回あるのだが、そのようなゲームシステムとストーリーが一致する瞬間が堪らない。そして「頭の輪っかは何なんだ」という疑問が募った頃に重要性だけ示唆してくるヘイローという用語。そのパラグラフひとつだけで、溜まった脳内の考察が刷新されていく。ちなみに、予てより一般的な用法での天使の輪っかを「ハロー」と呼ぶか「ヘイロー」と呼ぶかで決めかねていたが、ブルアカがそう言っているという理由で今後「ヘイロー」を優先して使うことにする。
ひとつ気になる点としては、プレイヤーの分身たる「先生」の言動や行動が時折気持ち悪いことである。吐き気を催すような気持ち悪さというより、空気を読めないおじさんを見ているような感覚である。先生は指揮官としての能力に優れ、大人の責任を果たそうとする善人と明確に描写されている。生徒を守ることに関しては躊躇がないところは尊敬できる。しかし、彼は言葉や行動で性癖を隠そうとしないのだ。そして、その行動をプレイヤーが抑制できる仕組みがない。基本的にどの選択肢を選んでも既定のルートで進行するこのゲームであるが、先生が気持ち悪い行動を取る際は選択肢のどちらも気持ち悪いのである。あるいは、選択肢すらないこともある。ゲヘナの生徒の足を舐めた時は結構びっくりした。このような先生の行動については「先生には生徒が人間ではなく、愛玩動物の姿で見えているのではないか」という推測をしている。作中世界では実際に犬の姿をした一般市民が登場する。つまり、登場人物の投影は先生にしろプレイヤーにしろその人の感覚に依存するのではないかということだ。我々には生徒が女の子の姿に見えているが、先生には生徒も市民も犬に見えているということだ。そうであれば、好意を隠さない態度やスキンシップにもある程度納得がいく。というように、考察の余地が広いことが気に入っている。