【映画】ドラマなふたり
何の映画を観るか眺めていて、ゼンデイヤとロバート・パティンソン主演ということで鑑賞。
恋人と軽いハプニングを甘酸っぱく乗り越えていく内容かと思っていたら、途中から何が起こっても不思議ではない展開へ。一番後ろの席で観ていたらほとんどが単独で女性も多かったのだが、これを観て何を思ったか、どこに共感したか話し合いたくなる内容だった。
というのは、エピソードの節々では自分の人生での痛いところを突かれる部分があるものの、全体を通すと何を訴えたいのか分からなかったため。映画の結末は創作はおろか夫婦や恋人同士でも自然そうなったり、破綻しそうな関係性を修復するためにとる行動だと思う。ただし、そこに至る過程が行き着くところまで行っている。修復可能なのか疑問を感じてしまう。
たとえるなら「この真面目な会議で自分がいきなり奇声をあげたらどうなるだろう」とか「高速道路で走っているときにぐいっとハンドルを切るとどうなるんだろう」とか思ったあと、それをそのまま実行していくような展開なのだ。
主に主演のふたりが追い込まれていくのだが、もしこの映画のテーマに他者への共感性があるとするならば声を発したキャラクターのほとんどにそれを欠いた演出があるように思う。曝露トーク強制は特にそうだった。あれは文化の違いや交友の関係性に関わらずあり得ないと思うのだが。私が汲み取れない面があるとすれば、アメリカの銃犯罪に関する意識の違いだろう。他の犯罪や刃物の描写があったのは、銃を特別視しているのかもしれない。
とにかく、作り手が伝えたいことは何だったのか、観た人がどう思ったか気になる作品だった。